人間が人間であるために

今も昔も 大橋尚代(大垣教区)

 昨年は医学部入試における女性受験者の一律減点などの不正操作が次々に明るみに出ました。女性医師の出産などによる離職率の高さを理由にあげる大学もありましたが、女性医師を排除するのではなく、出産・子育てを考慮した就労システムを整えていく方向にシフトしてほしいものです。また、。女性は男性よりも精神的成熟が早く、受験時のコミュニケーション能力が高いとして、筆記試験において男性に加点していた大学もありました。根拠として米国の心理学の論文をあげていますが、この論文を根拠に用いることは非科学的であると多くの心理学者の反発を招いています。

 これら一連の出来事から、昨年に女性室で開催した「第18回女性会議」での平雅行氏(大阪大学名誉教授)のお話を思い起こしました。飛鳥、奈良時代において僧侶は国家公務員のような存在で、741年には全国に国分寺と国分尼寺が造られます。少なくとも奈良時代までは、男女の僧侶の役割に基本的な相違はなく、国分尼寺の尼僧たちは、国家祈祷に従事していました。しかし880年、西大寺(国分寺)のペアである西隆尼寺(国分尼寺)の尼僧たちに、朝廷から「寺を法衣の洗濯場にし、西大寺の男性僧侶の洗濯をするように」との命令が出ます。その後、尼僧たちの仕事は国家祈祷から洗濯に変わっていき、救済する立場の尼僧がいなくなって女性は救済される側に押し込められてしまったというお話です。

 医学部入試における女性差別といい、国分尼寺が国分寺の洗濯場になった例といい、何かの都合で一方的に女性の人生が変えられていくという点で類似しており、ある意味乱暴な話です。当時の尼僧たちが、「明日から男性僧侶の法衣を洗濯するように」と言われた時に、どんな理由が語られたのか、とても気になるところです。

『同朋新聞』2019年3月号